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広島地方裁判所 平成6年(行ウ)1号 判決

広島市中区大手町五丁目七番五-五〇四号

原告

串本金一郎

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長 小田泰機

広島市西区観音新町一丁目一七番三号

被告

広島西税務署長 則保良朗

被告三名指定代理人

富岡淳

武下満

大北貴

被告国税不服審判所長指定代理人

石原明男

木村元彦

被告広島西税務署長指定代理人

西尾清

福重光明

木村宏

森川勇

女鳥清治

山下清香

主文

一  本件訴えのうち、原告の請求欄1(二)ないし(四)、(六)、5及び6の請求に係る訴え部分を却下する。

二  原告その余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告の請求

1(一)  被告広島西税務署長が平成四年三月三一日付けでした原告の平成二年分所得税の更正(以下「本件更正処分」という)のうち、納付すべき税額六万五〇〇〇円を超える部分を取り消す。

(二)  被告広島西税務署長が平成四年七月八日付けでした原告の平成二年分所得税の更正請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という)を取り消す。

(三)  被告広島西税務署長が平成四年三月一〇日付けでした平成三年度分源泉所得税国税還付金四万一六一五円を原告の平成二年度分所得税の延滞税に充当した処分(以下「本件充当処分」という)を取り消す。

(四)  被告広島西税務署長が平成四年九月二八日付けでした原告の平成二年度分所得税の延滞税八四万九四八五円に基づく債権差押処分(以下「本件差押処分」という)を取り消す。

(五)  被告広島西税務署長が平成四年一二月一〇日付けでした原告の平成二年度分所得税の延滞税に対する配当処分(以下「本件配当処分」という)を取り消す。

(六)  被告広島西税務署長が平成五年三月八日付けでした原告の配当に対する異議申立てを棄却する旨の決定(以下「本件異議棄却決定」という)を取り消す。

2  被告国税不服審判所長が平成五年一〇月二五日付けでした、原告の平成二年分所得税の本件更正処分及び本件通知処分に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決、原告の平成二年度分所得税の延滞税に基づく本件差押処分に対する原告の審査請求を却下する旨の裁決、及び原告の平成二年度分所得税の延滞税についてなされた本件配当処分及び本件異議棄却決定に対する原告の審査請求を本件配当処分に関し棄却し、本件異議棄却決定に関し却下する旨の裁決をいずれも取り消す。

3  被告国は、原告に対し、三一四九万三六〇〇円及びうち三〇六〇万二五〇〇円に対する平成三年六月二七日から、うち四万一六一五円に対する平成四年三月一一日から、うち八四万九四八五円に対する平成四年一二月一一日からその還付のための支払決定の日まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

4  被告国は、原告に対し、一〇〇〇万円を支払え。

5  原告と被告国との間において、国税通則法一二二条、国税徴収法八条は、納税者に受忍の限度を越えた特別犠牲がある場合には、その限度において、日本国憲法一四条一項、一一条、一三条に違反し違憲無効であることを確認する(以下「本件違憲確認請求」という)。

6  原告と被告国との間において、戦争賠償立替支払金に対する補償立法及びその具体的方法としての「中華民国に対する戦争賠償金立替支払額の減免額」の税額控除の立法がなされていない不作為が違憲であることを確認する(以下「本件立法不作為違憲確認請求」という)。

二  原告の主張

1  原告は、第二次世界大戦終了前、中華民国台北市内に串本商店ビル外貸家二〇七軒等の財産を有していた。第二次世界大戦終了後、右財産は、中華民国に接収された。

日本国と中華民国との平和条約第二条(台湾及びその近海の小島の領土権の放棄)及び第一一条(サンフランシスコ平和条約一四条の準用)により、中華民国は、中華民国に存する日本国の在外財産を限度として、日本国に対するその余の戦争損害賠償請求権を放棄した。

したがって、原告は、被告国が中華民国に支払うべき戦争賠償金を、原告が中華民国台北市内に所有していた不動産(時価九四八億六七七二万一一七〇円、ただし、平成二年度分の所得税申告時である平成三年二月二六日の時価は概算五〇〇億円である)をもって立替払し、被告国は、原告の在外財産喪失によって、中華民国に対する戦争賠償金支払債務を免れる利得を得た。

原告は、被告国に対し、在外財産価格相当の戦争賠償立替支払金の不当利得返還請求権を有する。

また、被告国は、原告の所有する在外財産の特別犠牲の下に利益を得たのであるから、私有財産を公共のために用いた場合として、原告は、被告国に対し、憲法二九条三項により正当な補償を求める権利がある。

2  原告は、次のとおり、被告広島西税務署長に対し、平成二年度分の所得税の申告をし、更正の請求等をした。

(一)  原告は、平成三年二月二六日、被告広島西税務署長に対し、平成二年度分の所得税について、総合課税の所得金額二二九万九五四九円、分離長期譲渡所得二億一六九〇万円、所得税額三〇六五万九五九一円、源泉徴収税額四万二〇三七円、申告納税額三〇六一万七五〇〇円とする青色確定申告をした。

(二)  原告は、平成三年三月一一日、右申告納税額のうち、一万五〇〇〇円を納付し、残金は、原告が被告国に対して有する前記1の債権と相殺ないし右債権の弁済を受けるまで納税を延期するよう申し入れた。

(三)  原告は、平成三年六月二六日、申告納税額の残三〇六〇万二五〇〇円を納付したが、平成三年七月二三日、平成二年度分申告所得税の延滞税八四万五七八五円を納付すべき旨の通知を受けた。

(四)  原告は、平成四年一月二八日、被告広島西税務署長に対し、平成二年度分申告所得税について、中華民国に対する戦争賠償金立替支払額三〇六〇万二五〇〇円を減免する旨の更正の請求をした。

(五)  被告広島西税務署長は、平成四年三月一〇日、原告の平成三年度分源泉所得税の国税還付金四万一六一五円を原告の平成二年度分申告所得税の延滞税に充当する旨の処分(本件充当処分)をした。

(六)  被告広島西税務署長は、平成四年三月三一日、原告の平成二年分所得税の申告について、老年者控除五〇万円を所得金額から控除することを否認し、納付税額が三〇六六万七五〇〇円となる旨更正(本件更正処分)した(新たに納付すべき所得税の金額が五万円増額した)。

原告は、右老年者控除の適用否認を争うことなく、五万円を納付したが、延滞税三七〇〇円が発生した。

(七)  被告広島西税務署長は、平成四年七月八日、原告主張の中華民国に対する戦争賠償金立替支払額の減免は国税に関する法律に規定がないことを理由に、原告の更正の請求に対してその更正をすべき理由がない旨の通知処分(本件通知処分)をした。

(八)  被告広島西税務署長は、平成四年九月二八日、原告に対する平成二年度分申告所得税の延滞税合計八四万九四八五円を徴収のため、原告の広島信用金庫に対する定期預金のうち右金額の払戻請求権を差し押さえた(本件差押処分)。

(九)  被告広島西税務署長は、平成四年一二月一〇日、広島信用金庫から給付を受けた前記差押えの定期預金払戻請求権八四万九四八五円を前記延滞税に配当した(本件配当処分)。

(十)  原告は、平成四年一二月一四日、被告広島西税務署長に対し、原告の前記1の債権と右延滞税とは相殺すべきであることを理由に、右配当の計算書に対する異議を申し立た。被告広島西税務署長は、平成五年三月八日、原告主張の債権は国税通則法一二二条により相殺が認められていないから相殺できないことを理由に、右異議申立てを棄却する旨決定(本件異議棄却決定)した。

3  原告は、次のとおり、被告国税不服審判所長に対し、審査請求した。

(一)  原告は、平成四年五月二九日、本件更正処分につき、審査請求した。

(二)  原告は、平成四年九月九日、本件通知処分につき、審査請求した。

(三)  原告は、平成四年一二月八日、本件差押処分につき、審査請求した。

(四)  原告は、平成五年四月九日、本件異議棄却決定及び本件配当処分につき、審査請求した。

(五)  被告国税不服審判所長は、平成五年一〇月二五日、本件更正処分及び本件通知処分に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決、本件差押処分に対する原告の審査請求を却下する旨の裁決、及び本件配当処分に対する審査請求を棄却し、本件異議棄却決定に対する審査請求を却下する旨の裁決をした。

4  しかし、原告は、被告国に対し、前記1の債権を有しているから、被告ら主張の申告所得税及びその延滞税は、右原告の債権との相殺により、消滅している。少なくとも、被告国が右債権を認めて弁済するまで、右申告所得税及びその延滞税の延納を認めるのが正義・公正・平等の憲法の理念に合致する。

国税通則法一二二条及び国税徴収法八条が右取扱いを認めないことは、憲法一四条一項、一一条、一三条に違反して無効であるし、戦争賠償立替支払金についての補償立法及びその税額控除の立法をしないことは違憲である。

5  よって、原告は、被告らに対し、次の裁判を求める。

(一)  被告広島西税務署長に対し、本件更正処分のうち税額六万五〇〇〇円を超える部分、本件通知処分、本件充当処分、本件差押処分、本件配当処分、及び本件異議棄却決定の取消し

(二)  被告国税不服審判所長に対し、平成五年一〇月二五日付け各裁決の取消し

(三)  被告国に対し

(1) 原告の納付した申告所得税及び延滞税合計三一四九万三六〇〇円の還付とこれに対する各納付した日の翌日から還付の支払決定の日までの年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払

(2) 原告の中華民国に対する戦争賠償金立替支払額時価九四八億六七七二万一一七〇円及びこれに対する遅延損害金のうち、一〇〇〇万円(時価五〇〇億円に対する一日分の延滞税額に相当する)の支払

(3) 国税通則法一二二条及び国税徴収法八条の規定が憲法一四条一項、一一条、一三条に違反して違憲無効であることの確認

(4) 戦争賠償立替支払金に対する補償立法及びその具体的方法としての「中華民国に対する戦争賠償金立替支払額の減免額」の税額控除の立法がなされていない不作為が違憲であることの確認

三  原告の主張に対する被告らの答弁

1  原告の主張1は争う。

2  原告の主張2の処分経過等は認める。

3  原告の主張3の事実は認める。

4  原告の主張4は争う。

(一)  本件更正処分取消請求について

国税通則法一二二条は、国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとは法律の別段の規定によらなければ、相殺することができない、と規定する。原告主張の「戦争賠償金の立替支払額」と国税との相殺について定めた別段の国税関係法規はない。

被告広島西税務署長は、所得税法等の税法の規定に従って適正に本件更正処分をした。本件更正処分は適法である。

(二)  本件通知処分取消請求について

更正処分と更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分とがある場合には、更正処分の取消訴訟をもって争えば、足り、別個に通知処分を争う利益はない。

(三)  本件充当処分取消請求について

本件充当処分については、原処分庁である広島西税務署長に対する異議申立て手続を経ていないから、不服申立ての前置(国税通則法一一五条一項)の要請を充たしていない。

(四)  本件差押処分取消請求について

本件差押処分は、広島西税務署長が被差押債権を取り立て、滞納国税に配当して、その執行をすべに終了しているから、取消しを求める利益がない。

(五)  本件配当処分取消請求について

国税徴収法八条は、国税は、納税者の総財産について、この章に別段の定めがある場合を除き、すべての公課その他の債権に先だって徴収する、と規定している。国税徴収法第二章には、原告主張の「戦争賠償金の立替支払額」が国税に優先する旨の別段の定めはない。

被告広島西税務署長の行った本件配当処分は、適法である。

(六)  本件異議棄却決定について

異議に対する決定については、不服申立てができない(国税通則法七六条)。異議に対する決定の取消訴訟は、決定のあったことを知った日から三か月以内に提起しなければならない。原告が本件異議棄却決定の送達を受けたのは平成五年三月九日であり、本件訴訟の提起は平成六年一月二六日であるから、出訴期間を徒過している。

(七)  裁決の取消請求について、

原告は、処分の違法を理由として取消しを求めているだけで、裁決固有の瑕疵を主張していない。

(八)  原告の主張のとおり、原告の在外資産をもって被告国が負担すべき戦争賠償金の立替払をしたとしても、その損害は戦争損害であって、国民が等しく耐えしのぶべきやむを得ない犠牲である。その補償は、憲法二九条三項の予定するものではなく、同条項を適用する余地はない。

四  証拠

本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  原告の主張1について

原告主張のように日本国と中華民国との平和条約によって、原告の在外資産が喪失し、その限度で日本国に対する戦争賠償金に充当された事実があったとしても、右の平和条約の締結は、日本国が敗戦後の占領管理状況から主権回復を図るための特殊異例な状態でのやむを得ない選択であり、憲法の枠外での問題解決である。右平和条約の締結による在外資産の喪失も、国民すべてが、多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶことを余儀なくされたいわゆる戦争損害の一種とみなすべきものである。

とすれば、原告が在外資産の喪失によって損害を被ったとしても、それによって被告国が法律上の原因なくして利得した、と認めることはできないし、憲法二九条三項の適用の余地はない、と解すべきである。

したがって、原告が被告国に対して戦争賠償立替支払金の不当利得返還請求権ないし損失補償請求権を有する、とすることはできない。

二  本件更正処分取消請求について

原告主張のような請求権が認められないことは、前示のとおりであるから、右請求権を前提にする原告の本件更正処分取消請求は失当であるばかりでなく、原告主張のような債権との相殺を認めた規定(国税通則法一二二条参照)や、右債権の税額控除あるいは右債権の存在を理由にする延納を認めた規定は存在しないから、本件更正処分は、適法であり、原告の本件更正処分取消請求は理由がない(国税通則法一二二条が原告主張の債権と国税との相殺を認めないことは、前記一で説示したところからして憲法違反とは認められない)。

三  本件通知処分取消請求について

いわゆる増額更正は、課税要件事実を全体的に見直し、税額を総額的に確定する処分であり、申告の効力は増額更正の効力の中に吸収され、これと一体になると見るべきものであるから、本件更正処分とは別個に本件通知処分の取消しを求める利益はなく、本件通知処分取消請求に係る訴え部分は、不適法であり、これを却下すべきである(なお、本件更正処分取消訴訟において、原告が本件更正処分の申告額を超えない部分の取消しを求めることは、原告が更正の請求をしていることから、許されると解すべきである)。

四  本件充当処分取消請求について

原告は、本件充当処分について、不服申立てを経ていないから、右処分の取消請求に係る訴え部分は、不適法であり、これを却下する(本件通知処分に対する審査請求の中で本件充当処分の違法性を指摘しても、本件充当処分の不服申立てをしたことにはならない)。

五  本件差押処分取消請求について

本件差押処分の対象となった定期預金払戻請求権は、その給付を受けて配当されており、本件差押処分の執行は終了しているから、本件差押処分の取消しを求める利益はなく、その取消請求に係る訴え部分は、不適法であり、これを却下する。

六  本件配当処分取消請求について

原告主張のような請求権が認められないことは、前示のとおりであるから、右請求権を前提にする原告の本件配当処分取消請求は失当であるばかりでなく、国税は原告主張の債権に先立って徴収されるべきものである(国税徴収法八条参照)から、本件配当処分は、適法であり、原告の本件配当処分取消請求は理由がない(国税徴収法八条が国税を原告主張の債権より優先させたことは、前記一で説示したところからして憲法違反とは認められない)。

七  本件異議棄却決定取消請求について

本件異議棄却決定の取消訴訟は、原告が本件異議棄却決定のあったことを知った日から三カ月以内に提起されたものでない(行政事件訴訟法一四条一項(異議決定に対しては不服申立てができないことは、国税通則法七六条参照))から、右取消請求に係る訴え部分は、不適法であり、これを却下する。

八  裁決取消請求について

原告は、裁決取消請求において、原処分の違法を理由に取消しを求めるものである(行政事件訴訟法一〇条二項参照)から、原告の裁決取消請求は、理由がない。

九  過納金及び還付加算金請求について

本件更正処分は適法であり、これを取り消す理由のないことは、前記説示のとおりであるから、原告は、納付ないし徴収された申告所得税及び延滞税の還付を求めることができない。

したがって、原告の過納金及び還付加算金の請求は理由がない。

(一〇) 戦争賠償立替支払金及び遅延損害金請求について

原告主張の戦争賠償立替支払金について不当利得返還請求権ないし補償請求権が認められないことは、前記説示のとおりであるから、右戦争賠償立替支払金及びその遅延損害金の支払を求める請求は理由がない。

(一一) 本件違憲確認請求について

国税通則法一二二条及び国税徴収法八条の規定の違憲無効を抽象的に確認宣言する権限は当裁判所にないし、その利益もない(原告は、本件更正処分の取消訴訟において、右無効を主張すれば足りる)から、本件違憲確認請求に係る訴え部分は、不適法であり、却下すべきである。

(一二) 本件立法不作為違憲確認請求について

立法作為は、国会の専権事項であり、在外資産喪失に関していかなる補償立法をするかは国会の広い裁量にかかるものであり、立法の内容が憲法の文言に照らし一義的に明確で特定しているほど明白である、とは言えないし、立法不作為の違憲確認をしなければ原告に回復しがたい損害が生じ、他にこれを救済する適切な手段がない、とも言えないから、本件立法不作為違憲確認を求める法律上の利益はなく、右確認請求に係る訴え部分は、不適法であり、これを却下する。

(一三) よって、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 喜多村勝徳 裁判官 鬼頭容子)

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